透析と新型コロナウィルスワクチン

透析患者さんにおける新型コロナウィルス感染症

新型コロナウィルス感染症は世界に大きな影響を与えております。特に透析患者さんにおいては

・免疫力が低下しており、感染した場合に重症化する可能性が高いこと

・血液透析は医療機関内で長時間過ごす必要があり、院内感染が問題となりやすいこと

など、様々な理由から特に注意が必要で、日本腎臓学会、日本透析医学会、日本透析医会など様々な団体が日々対応を検討しており、当院でも精一杯の対応を行っております。

そのような中、新型コロナワクチンの接種が進んでいますが、ワクチンの接種には疾患がある方は主治医の意見を聞いてください、という項目があります。実はどのワクチンにもこの項目はあるのですが、今回患者さんから特に質問されることが多いため、参考になればと考えこの記事を作成しました。もちろんかかりつけの先生がいらっしゃる方はきちんと御相談いただくことが大切です。ただ予備知識として現時点で私が調べたことを記載しますので、少しでも参考になれば幸いです。

新型コロナウィルスとインフルエンザウィルス

以前”インフルエンザとワクチン”にまとめましたように、ウィルスの感染経路や対策、ワクチンの重要性に関しましては新型コロナウィルスでもインフルエンザウィルスでも違いはありません。ただ日々診療に当たっておりインフルエンザウィルスより新型コロナウィルスで特に難しいと感じるのは、

・無症状~重症肺炎まで症状が様々である
(インフルエンザウィルスでも重症化する患者さんはいらっしゃいますが、新型コロナウィルスの方が高い確率で重症化します)

・発症前や無症状の方から感染する可能性がある
(インフルエンザウィルスは一般的には症状が出てから感染しますので、症状がある方を隔離すれば感染を防げます)

・現時点では確立した治療法がない
(特にインフルエンザウィルスのように外来で行える内服や吸入の治療があれば状況はかなり変わると思います)

などが挙げられます。そのような中、感染症対策の一つの柱であるワクチンが開発されたのは朗報だと思います。

新型コロナウィルスワクチンの種類

現在日本で認可されている新型コロナウィルスワクチンは下記になります。

・mRNAワクチン:ファイザー、モデルナ
・ベクターワクチン:アストラゼネカ

ワクチンとは免疫機構にウィルスの特徴的な部分(抗原)の形を覚えさせ、ウィルスが入ってきたときにその抗原を覚えた免疫(抗体)が素早く対応することで感染を抑える仕組みになります。

古典的には

・生ワクチン(病原性を弱めたもの):麻疹、風疹、水疱瘡、結核(BCG)など

・不活化ワクチン(病原性をなくしたもの):インフルエンザ、日本脳炎など

があります。これらはいずれも病原性を弱めた/なくしたウィルスを培養する必要がありますので作成に時間がかかり、このような大規模感染(パンデミック)には対応できません。

そこで今回は遺伝子を使用したワクチンが開発されました。
ベクターワクチンは体内で増殖しないようにした無害なウィルスに免疫を付けたいウィルスのDNAを組み込んで投与することにより、あたかもそのウィルスが体に入ったかのような反応が起こって免疫がつきます。
mRNAワクチンは、通常我々の体は設計図であるDNAをRNAに転写し、それを読み取ってたんぱく質を作ります。ウィルスの特徴的な部分(抗原)を作るRNAを投与することによって、我々の体自体がそのたんぱく質を作り、それに体が反応することで免疫がつきます。RNAは数分~数日で分解されるものですので、我々のDNA自体を書き換えるものではありません。

腎臓疾患がある方と新型コロナウィルスワクチン

腎臓機能の障害がある方は免疫力が低下してしまいます。そのため新型コロナウィルス感染症に感染した場合、重症化するリスクが高いことが報告されています。腎機能が悪い、透析をしている、腎臓移植を受け免疫抑制剤を内服している等、腎臓疾患がある方は感染に特に注意されていることと思います。

2021年7月現在、日本で使用されている新型コロナウィルスワクチンはファイザー、モデルナの2種ですので、mRNAワクチンとなります。この2つは同じタイプのワクチンですので、比較的似た特性になります。腎臓疾患がある方のワクチンを打ってよいのか?という疑問には下記のような意味が含まれていると思います。

・新型コロナウィルスワクチンを打って危険性はないのか?
新しいタイプのワクチンですので、もちろん今まで知られているものに加え、未知のリスクはないとは言えません。ワクチンで最も問題となりやすいアレルギーの報告は今までのワクチンと同様にありますし、今回のmRNAワクチンでは特に接種後の数時間~数日の筋肉の痛み、発熱といった症状が高率で報告されています。ただ腎臓疾患がある方で特に症状が出やすい、という報告や、ワクチンを打つことで腎臓機能を悪化させる、という報告は現時点では目立っていません。

・新型コロナウィルスワクチンの効果はどうか?
mRNAワクチンの効果は様々な国から報告されておりますが、概して高い効果が認められています。発症予防効果として1回接種で50-80%程度、2回接種で90-96%程度、重症化予防効果としては2回接種で90%以上とされています。インド型、デルタ型と呼ばれる変異株ではこの発症予防効果が60%程度に低下する可能性が報告されていますが、重症化予防効果はやはり90%以上あるようですので、ワクチンは有効と考えてよいと思います。腎臓疾患を持つ患者さんでは免疫力が低下するため、この効果が弱くなる可能性が指摘されています。
実際にこれらの効果を確認するためにはたくさんの人にワクチン接種を行い、接種した人で新型コロナウィルスの感染、発症、重症化をどの程度予防できたかを調べる必要がありますが、腎臓疾患のある方だけを対象に、ワクチン接種した人としていない人での状況を調査するのは大変です。そのため透析をしている方にワクチンを接種した場合に、どの程度抗体ができたかを調べた報告がいくつかあります。抗体の調べ方にもいくつか方法がありますが、抗体価が50AU/ml以上あれば陽性とする検査を用いて、医療従事者95人と、血液透析患者56人にファイザーのワクチンを2回接種し、30日後に抗体価を調べた研究(Clin J Am Soc Nephrol. 2021 Apr 6;CJN.03500321.)です。医療従事者では抗体陽性率が100%であったのに対して、血液透析患者では96%という結果でした。抗体価の値自体を比較すると、医療従事者で中央値7401AU/mlに対して、血液透析患者で2900AU/mlと、血液透析患者ではやはりやや抗体価自体は低い傾向がありました。どの程度の抗体価があれば十分な効果が得られるかはまだ分かっていませんが、この結果からは血液透析患者ではワクチンの効果はやや低い可能性があるものの、十分有効性があるものと考えられます。

日本透析医会において、世界から報告されている新型コロナウィルス感染症に対する研究から、腎臓疾患がある方に対応している医療機関に有用と考えられるものを紹介する活動を行っており、私も参加しております。こちらのページで読めますので、参考になれば幸いです。

投稿:鶴田悠木

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